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てげてげブログ
2013-12-20

518) 終わらざる夏

  久し振りに浅田次郎の小説を読んだ。小説は文庫本になってから読むことにしている。本屋をブラブラしていたら、展示台の上に平積みになった浅田次郎の新しい小説が目に付いた。「終わらざる夏」(集英社文庫、上・中・下3巻)。

  重い小説だった。途中で読むのを中断した期間もある。最後まで読むのが辛いと感じた。
  この小説は最初から最後まで、戦争というものの理不尽さを訴えている。2度と戦争をしてはならないという浅田の強い思いが伝わってくる。領土的野心にかられたソ連という国の理不尽な行動に対する怒りや不信の念も強い。これらはまた、あの時代を生きて死んだ人々の声でもあろう。

  戦争を描いたこの小説には、戦闘場面の描写はほとんど出てこない。そのかわり様々な人物が、それぞれの人生を背負って登場する。戦争末期の時代を生きた人間群像。登場人物はみんな架空の人物であるはずだ。しかしその一人ひとりがその時代の中を懸命に生きている。将兵も、銃後の母や妻も子も、サラリーマンや教師も、集団疎開している子供達も、女子挺身隊の女子学生も、やくざ者も、そんな一人一人が実に生き生きとそこに生きている。まさしく浅田ワールドだ。

  舞台は千島列島の最北端、カムチャッカ半島が目の前という占守島(シュムシュ島)である。現在ロシアに返還を求めている北方4島(歯舞諸島・色丹島・国後島・択捉島)よりも遥かに北に位置する島である。
  そもそもこれらを含めた千島列島全体が、明治8年にソ連との間で結ばれた樺太・千島交換交渉によって、平和的に定められた日本の領土であり、日本人が住んでいたという歴史的事実を、私はこの小説を読むまで知らなかった。

  戦争末期、占守島には精鋭で士気の高い23,000人の将兵と最新鋭の戦車部隊が配置されていた。ボロボロになった兵員で本土決戦を叫んでいた戦争末期、これは驚くべき精鋭だった。しかし内地に転属させようにも、満身創痍の日本軍にはもう輸送船がなかったために動かせなかったのである。

  日本がポツダム宣言を受諾して無条件降伏した3日後の昭和20年8月18日未明、この島にソ連軍が突如攻め込んできた。ソ連は日本の無条件降伏を知りながら、領土的野心から、連合国との間に正式な降伏文書の調印式が行われる前に、占領という既成事実を作っておこうとしたのだ。
  仕方なく迎え撃った日本軍は圧倒的優勢にたつ。しかし日本はすでに無条件降伏をした敗戦国であり、勝利するまで戦いを続ける事は許されなかった。勝てる力を備えながらも、決して勝ってはならない。前線に軍使を送って停戦交渉を行った日本軍は、8月21日に降伏し、23日に武装解除される。
  そして生き残った将兵はシベリアに送られ、悲惨な強制収容所生活と過酷な強制労働に従事させられたのである。そしてこの小説に登場する人物たちの多くは死んでゆく。

  巻末解説者のいわく 『占守島は、知られざる悲劇の島である』 『この島で起こったことは日本国民にはほとんど知らされることなく、歴史に埋もれてきたのである。』 という。
  それはどうしてなのだろうか、国民に知らせたくない何かの事情があったのだろうか、私にはわからない。 (2013.12.20)

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