2016-02-01
858) 自爆テロ
今朝のニュースである。
『1月31日、シリアの首都ダマスカス郊外、イスラム教シーア派のモスク近くで、複数の爆弾攻撃が起き、71人が死亡、数十人が負傷した。イスラム教過激派組織「イスラム国(IS)」が犯行声明を出した』
モスク近くで車に積んだ爆弾をさく裂させ、人々が集まってきたところで、テロリストが自爆ベルトを起動させたという。ISの声明では「戦士2人が不信心者どものアジトで殉教作戦を遂行した」と述べているらしい。
イスラム教の中にシーア派とスンニ派という2つの宗派があって、対立しているという程度の知識はもっていた。しかし宗派が違うとはいえ、同じく預言者ムハンマドの教えに従って生きてきたイスラム教徒同士である。自爆テロの標的を同じイスラム教徒に向け、大量に殺害したというのには驚いた。
先の大戦で日本の特攻隊が、米兵に気味悪がられたと聞いたことがある。自らが必ず死ぬことを前提にした攻撃だからだろう。同じように自爆テロも自らが死ぬことを前提にしている。彼らはどういう教えに基づき、どういう信念や目的があってあんなことが出来るのだろうか。
欧米を中心とした外の世界での自爆テロなら、まだその意義を説き易いかもしれない。しかし同じイスラム教徒に向けた自爆テロにどんな意義付けをするのだろうかと不思議に思った。
IS声明の中の「不信心者」という言葉が目を引いた。違う宗派の信者は、熱心なイスラム教徒であっても「不信心者」という定義づけがされるもののようだ。そして不信心者は自爆テロの対象になり、実行者には殉教者という名誉が与えられるのだろう。預言者ムハンマドはそんな事態を予想していたであろうか。(2016.02.01)