887) 佐賀の旅
車を運転できるのはあと何年だろうか。足腰が弱って旅先で歩き回るのも難しくなるだろう。そんな気持ちに急かされて2泊3日の小旅行に出た。思いついたのが遅かったために、直前までホテルの空き室が見つからず、苦労したが、気ままなドライブ旅行、初めての土地で楽しい3日間を過ごした。
18日(初日) 唐津
〇虹の松原。街中に入る前、カーナビに導かれて通った虹の松原の景観が素晴らしかった。道の左右に奥行深く拡がる松林、大小無数のクロマツがみっしりと生えている。その数の多さに圧倒された。
〇唐津城。最初に観光したのは唐津城だった。小粒なお城だったが、階段を上り詰めてさらにその上にある天守閣からの海の眺めが良かった。城のあちこちで城壁の膨らみや崩れを補修するための修復作業がなされていた。
〇旧高取邸。国指定重要文化財(旧高取家住宅)。杵島炭鉱などの炭鉱経営で財を成した高取氏の旧住宅。広い敷地に美庭、杉戸絵や様々な欄間や建具などにその富が偲ばれた。日常の住居部と来客部が明確に区分され、来客部の大広間には能舞台が作られていた。
〇曳山展示場。テレビニュースでお馴染み、唐津くんちの曳山の展示場。全14台のうち修理に出ている1台を除いた13台が展示されていた。
〇唐津神社。唐津神祭(唐津くんち)は唐津神社の秋季例大祭。曳山展示場の目の前にある。
〇旧唐津銀行本店。東京駅の設計者、辰野金吾監修の建物。唐津銀行は合併して佐賀銀行となり、佐賀銀行唐津支店として平成9年まで使われた。その後保存修理工事を経て平成23年より一般公開。洋風の立派な建物だった。
〇唐津シーサイドホテルに一泊。目の前は海、オーシャンビューの広い部屋。夕食、朝食ともに美味しかった。
19日(2日目) 呼子
〇名護屋城。大阪城に次ぐ規模を誇るという。広い敷地には連なる城壁。城壁はあちこちが決壊というか、壊れていた。城としての用をなさぬように、徳川幕府が壊したのだという。わずか5ヶ月の突貫工事で城を築き、全国から戦国大名を集結させた。周辺にはその陣屋が建てられ、たちまち20万人の城下町が出現した。しかし城としてはたった6年しか使われなかったという幻の巨城である。たいした城跡じゃあるまいと予想していたが、どうしてどうして、一見の価値あり名護屋城であった。
〇呼子大橋。往復渡ってみた。綺麗な吊り橋だ。
〇七ツ釜。七ツ釜とは波の浸食で岸壁に出来た七つの洞窟のこと。呼子港から「イカ丸」という遊覧船に乗って、七ツ釜を見に行く。溶岩が海水に冷やされて出来るという柱状節理。その綺麗に整列した様子が珍しい。洞窟は一つだけが入口に入れただけで、中を通過できるでもなく、やや期待に反した。帰りに「玄海国定公園七ツ釜」に立ち寄り、崖の上からの七ツ釜を見た。これもまた一興だった。
〇呼子港。散策と昼食。鯨組主中尾家屋敷というのが面白かった。かってこの地方では捕鯨が盛んで、中尾家というのはその中心になった一家らしい。鯨に関する珍しい展示が多かった。呼子で残念だったのは朝市を見れなかったことである。
〇田舎の一本道。カーナビを頼りに田舎の一本道をひたすら伊万里に向けて走る。
〇セントラルホテル伊万里に宿泊。夕食がついてないため、外食。偶然見掛けた川の畔の白壁の洒落た店に入る。値段ははったが、美味しい和食にありついた。
20日(3日目) 伊万里
〇街中の散策。橋の欄干や街中に伊万里焼の大きな壺や人形が飾りとしておいてあるのがいかにも焼き物の里らしい。伊万里焼のからくり時計も良かった。
〇大川内山窯元。数十件の窯元が集まった秘窯の里・大川内山に遊ぶ。窯元を1軒1軒見て歩く。目玉の飛び出すような高価な焼き物が目の保養になった。昼食をとってお土産を買う。
〇帰路。かくして今回の旅は修了。妻も喜んでくれたようだ。安全運転で帰路につく。
画像:名護屋城の一景(2016.13.22)