
2025-01-07
1620)年賀状
恥ずかしながら、無精な自分のことを書く。若い頃は版画をほったり、綺麗なあるいは奇抜な年賀状造りに熱中し、年賀状書きが楽しかった。ところが年を経るにつれて付き合いが拡がって枚数が増え、反対に気力や体力が衰え、なんでこんな儀礼的な習慣があるのだろうと、罪のない年賀状に恨みを抱いたりしていた。
そしてある年、突然、何の断りもなく、大部分の年賀状を黙って止めてしまった。10年以上も前のことである。あいつもついに天国に召されたかと解釈した人もいたかもしれない。自分が出さないのだから、当然のことに貰う年賀状の数も急激に減っていく。
このため、元旦に届く大量の年賀状を眺める楽しみはなくなった。寂しくもあるが、まあこれで良かったのだろうと思うことにしている。
(2025/01/07)