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てげてげブログ
2012-08-01

414) ベトナム旅日記ー6 (1日目:ホーチミン・シティ)

7月5日、午前8時、福岡空港国際線ターミナル集合。10時、ベトナム航空0351便にて出発。13時、ベトナム南部のホーチミン空港に着陸(日本時間15時、時差2時間)

ベトナム社会主義共和国は日本と同様、南北にひょろ長い国土をもつ。今回のツアーではベトナム南部のホーチミン観光から始まり、引き続き中部のダナンに飛んで周辺の3つの世界遺産を観光、最後は北部のハノイに飛んで4つ目の世界遺産を観るという欲張ったスケジュールが組まれていた。まず初日はホーチミン・シティ観光。

(ホーチミン・シティの歴史)
  ホーチミン・シティはベトナム最大の都市であるが、幾たびか名前が変わっている。クメール人の土地であった時代には「プレイノコール」と呼ばれた。しかし町の主人公が変わる度に「ジャディン」と呼ばれ、「サイゴン」と呼ばれてきた。
  19世紀にはフランスの植民地となり、観光ガイド本によると『フランス人はこの町をパリ風に変革した。今も残る市民劇場や大聖堂、郵便局などの建物を次々に建設し、通りはパリのシャンゼリゼ通りに似せて広く拡大し、並木を植えた』とある。
  さらに『フランスが去った後、ベトナムは南と北に分かれる。南ベトナムの首都となったのがサイゴンであった。米国の後押しもあって町はアメリカナイズされてゆく。しかし北ベトナムがサイゴンを陥落させて(ベトナム戦争が終結)、再び町の名が変わり、現在のホーチミン・シティとなった』と続いている。(日経BP企画発行の「ヴェトナム」より。以後ベトナム歴史等の記述は同書による。)
  しかしハノイに対する対抗意識を持ち、サイゴン時代を懐かしんで、サイゴンの名に固執する人たちも多いという。サイゴン駅、サイゴン川などの呼称が残り、ホテルや店の名前にもサイゴンの名がついている。名前はどうであれ、ホーチミン・シティはベトナムの経済的中心地として目覚しい発展を続けている。

(ホーチミン観光)
空港から町に出た途端、バイクと車と自転車の洪水に度肝を抜かれたが、市内観光自体は特別に感動するようなものもなかった。

〇統一会堂 : 南ベトナム時代の大統領官邸を博物館にしたもの。外観を見ただけ。
〇聖母マリア教会(サイゴン大教会) : 19世紀建造、赤レンガ造りの優美な教会。
〇中央郵便局 : 19世紀建造。ヨーロッパの雰囲気を醸し出している、現役バリバリの郵便局。

〇ベトナム伝統芸能・水上人形劇 : 池の水面で、様々な人物や動物が飛んだり、跳ねたり、宙返りしたり、絡み合い踊りまわる人形劇。演目は「竜の踊り」「田植え作業」「カエル釣り」など14演目(約50分間)で、筋書きは極めて単純。
どのようにして人形を動かしているのか操作方法が不可思議だった。最後に挨拶に出てきた数人の人が、幕の向こうで、半分水に浸かりながら、竹竿の先で動かしているみたいだが・・・?
舞台装置や音楽など、中国文化を色濃く感じたが、今でも水上人形劇が残っているのはベトナムだけだとか。(2012.08.01) 

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