2013-03-25
451) 中欧を旅する(8)
午後は恐怖のフリータイム。バスが迎えに来る19:15分までを思い思い勝手に過ごさなければならない。我々は何の躊躇もなく『ボヘミア古城観光』というオプショナルツアーに参加した。
いくつかあげてあった候補のうち、訪れたのは中世の古城『チェスキー・ステンベルク城』。ブタペストからプラハに走った道を少し後戻りして、ブルノという街のちかく、山の中のお城だった。途中の雪原には野生のシカ数匹が遊んでいた。日本のシカよりかなり小型である。
〇チェスキー・ステンベルク城
森の中、小高い丘の上に立つ。城の一部には築城者の子孫である、高齢のおじいさんとおばあさんがまだ住んでいるのだという。
あまり規模の大きな城ではなく、また城の内部も、これまでに見たことのあるヨーロッパのお城に比べて、絢爛豪華なところはない。しかしそこで暮らしていた貴族達の生活の臭いは身近に感じられた。
歴代城主の狩猟の趣味、読書の趣味、絵を描く趣味などに関連する展示品が興味を引いた。また大きく掲げられていた家系の系図が珍しかった。自分を中心、扇の要において、扇型に祖先に遡るという構図の系図だった。
心配になったのは、ポツポツと観光局を受け入れて、入場料をいくらかとって、それで事務員の給料を払って、お城を維持管理していく費用がでてくるのだろうか、ということ。
〇プラハ散策(自由行動)
古城めぐりからプラハに帰ってきてからも、ホテルに帰るバスの集合時間までには、まだ丁度2時間の自由時間が残されていた。何の計画も持ち合わせていない。いかにしたものか(?)
まずはカレル橋をもう一度渡りなおすことにした。30対あるという聖人像を数えながら、端から端まで歩いた。たしかに片側15体ずつ30体の聖人像が並んでいる。ただし中のいくつかは補修のために取り外されているのもあった。
橋の上には、似顔絵描きの絵描きや、アクセサリーを売る人や、そんな人が大勢、携帯店舗を構えている。そぞろ歩きする観光客がひきもきらず続いている。
カレル橋を往復し、旧市街に戻って、沢山並んだ土産物屋を冷やかしながら、小物のお土産をちょこちょこ買い込んだ。
途中で小さな人助けをした。年配の男性が向こうから来る。「あの~、日本の方でしょうか」「そうですけど」「ああ良かった、カレル橋はこっちの方角でしょうか」「間違いありませんよ、ここを曲がって、その次の角を左に折れて・・・したら、目の前に見えますよ」という場面があったのである。いかに方向音痴の私でも、今歩いてきた道は間違いなく案内できたという次第。
食事をする時間がとれず、おまけにお腹が空いていないこともあり、ホテル隣接のショッピングセンターデビール、オツマミヤ、パンを買い込んで部屋食としゃれこんだ。
ふと気がついた、本日の万歩計は2万歩を越えていた。 (2013.03.25)